風のむこうがわ|1967 初夏ーある日のスケッチー|ピキと少年
まつの わたる・作
ないき かずまさ・画
ハエは、汚い物にとまって、バイ菌を手あしにつけて飛びまわるので、みんなにきらわれています。
でも、こんなハエもいるんですよ。
これは、まだ警報器が街から取りはずされていない頃のお話です………。
1年ももうあとわずかという12月末の午後、ある少年の勉強机の上に、1匹のハエがとまっていました。
窓から射しこんでいる、枝と枝との間からこぼれおちる、そう木もれ陽ですね。その木もれ陽のわずかなぬくもりの中で、ハエは、ほとんど息もたえだえだったのです。
そのハエは、ピキと言う名前でした。
小さな生命の灯が消えかかり、年の明けるのを待たずにこの世を去るのは、今日か明日か、いずれにしても時間の問題だったのです。
けれども、ピキは年の明けるまで生きていたいと強く思い、一生懸命がんばっていました。
おなかが減らないようになるべくじっと動かないで、自分の体を羽根でおおうようにしています。そうしていることはとっても辛く苦しいことです。苦しさをがまんしないで、仲間のように死んでしまうことはいつでもできます。最後の力を羽根にこめて外へ飛び出しさえすれば、寒さのため力つきて、おそらく、窓から5メートルと離れていない立木のところまでたどり着かない先に舞い落ち、そのまま死んでしまうでしょう。
楽しく飛ぶことも、おいしい物を食べることもできないのに、ピキは生きていたいのです。なぜなのかわかりません。仲間のできなかったことをしたいのか、それとも、来年という年を苦しみとひきかえに見てみたいのでしょうか。
その頃、ピキがじっとしている机のもち主の少年は、運動が苦手で、放課後のドッチ・ボールに入れてもらえずに仲間はずれにされていました。 プラタナスの木の下に、しばらく立っていたのですが、涙が流れ落ちそうなので、家に向かって走り出しました。
その走り方がおもしろいといってみんなが笑ったものですから、とうとうこらえていた涙が、少年の眼から流れ出してしまいました。
涙をふきながら、少年が帰ってきました。机に向って、ランドセルをらんぼうにほうり投げました。あと3センチたらずで、ピキは圧しつぶされるところでした。圧しつぶされるのはまぬがれましたが、ランドセルの風で、机の下へ吹き飛ばされてしまいました。
夏の日でしたら簡単にランドセルなどかわしたでしょうに、でも、今は冬です。寒くて息もたえだえな上に、手あしも自由になりません。
ピキに気づいた少年は、叩きつぶそうとして、本をふりかざし、そっと近づきました。ハエは逃げるどころか、動けない様子です。羽根はわずかにふるえ、小さい体をいっそう小さくして、手あしをけんめいにすり合わせています。
ハエの何かをお願いするようなしぐさに、少年は、ふと可哀そうになって叩くのをやめました。そして、ストーウ゛を焚きました。
「ハエは、暑い夏の間は生きていられるが、寒い冬になると死んでしまう」。
学校で習ったことを思い出したのです。あたたかくして上げさえすれば元気になる。
間もなく部屋の中はあたたかくなり、ハエのピキは、少しだけ元気になりました。少年の思ったとおりです。
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